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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)3133号 判決 1973年3月23日

昭和四五年(ワ)第三一三三号事件原告

昭和四六年(ワ)第九七六号事件被告

日商土地株式会社

右代表者

東名賢

右訴訟代理人

永野謙丸

外一名

昭和四五年(ワ)第三一三三号事件被告

昭和四六年(ワ)第九七六号事件原告

大橋環

右訴訟代理人弁護士

美村貞夫

外二名

主文

昭和四五年(ワ)第三一三三号事件、昭和四六年(ワ)第九七六号事件各原告の請求を棄却する。

右各事件訴訟費用は当該事件原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一日商の営業

日商が宅地建物売買の仲立を業とする商人であつて、宅地建物取引業法により免許を受けていることは争いがない。

二仲立契約の成立

日商が昭和四四年五月初旬ころ大橋から日商主張の要件を充足する宅地を買受ける仲立を有償にてすべき旨を依頼され、その営業としてこれを承諾したこと、日商の従業員でこの仲立を担当する者は東名賢であることは争いがない。

三仲立行為

(一)  勧告

東名が同年七月一一日ころ大橋に榎本正夫所有の本件土地を買付けるよう勧告をしたことは争いがない。

(二)  本件土地に関する都市計画

建設大臣が大橋主張の決定告示をなし、その主張の開発計画が同年五月ころ作成されたこと、その結果本件土地東側に面した道路幅員が5.4メートルから一〇メートルに、その北側に面した道路幅員が5.4メートルから8メートルに、それぞれ拡大され、この拡幅に伴い本件土地中九四坪四合が中野区に道路敷地として買取られるものとされていることは争いがない。

<証拠>によれば、右開発計画の概要は次のとおりであることが認められる。すなわち、「上鷺宮一丁目ないし五丁目地内65.4ヘクタールにつき幅員八メートルないし一〇メートルの地域幹線道路が整備され、三〇〇メートルないし五〇〇メートルの街区が形成される。その内に幅員四メートルないし六メートルの区画道路が設けられ、一区画五〇メートルないし八〇メートルの住区が作られる。さらに右地区内に公園四か所が増設されて五か所となり、その総面積は一、〇二〇平方メートルから二四、九四四平方メートルに拡大される。さらに、右計画に伴い本件土地東側および北側道路は計画実施前人車混合交通道路であつたが、実施後はいずれも右幹線道路の一つとなる。東側道路は車道幅5.5ートルに据置かれ、両側に新設される歩道の幅員は各2.25メートルであり、北側道路は車道幅5.0メートルに狭められ、両側に新設される歩道の幅員は各1.5メートルである。本件土地の西南に近接して公園が一つ設置される。」というにある。右調査嘱託の結果によると、中野区当局も本件土地周辺の交通量が計画実施後ある程度増加すると考えていることが認められる。

(三)  鈴木の代理権

大橋が同月一五日鈴木に対し本件土地売買に関する一切の代理権を授与したか、又は、大橋が東名あてその旨を表明したとの点につき、<証拠>は、<証拠>に照らし採用できず、その他右の事実を肯認するに足りる証拠はない。

すなわち<証拠>によれば、大橋は、かつて不動産取引の仲立を依頼したことのある鈴木をして、大橋と連絡を保ちつつ本件土地買受の仲立をなさしめ、かつ東名らにもその旨を告げたこと、鈴木は仲立に当り、大橋のため大橋に代つて決定したことは何一つなく、すべて大橋と連絡を保ち大橋の意向を東名その他の仲立人を経て榎本に伝え、売買のあつせんを行なつたこと、鈴木は本件土地売買契約書にも立会人として署名押印しているにすぎないことが明らかである。従つて鈴木は右交渉につき大橋側の仲立人ないしはその使者というべきものであつて、到底大橋から代理権を授与されたものとはいえず、また大橋が代理権授与の表示行為をしたともいえない。

(四)  本件土地売買交渉、売買契約の成立と履行

榎本と鈴木とは東名のあつせんで、宅地建物取引業者石井今助、赤沼一男、天野精をも交えて本件土地売買交渉をつづけたこと、日商は大橋に対し本件土地につき都市計画法等による制限等の有無を調査説明しなかつたこと、結局大橋は同月中榎本との間で同人から代金を坪当り二〇万二〇〇〇円合計一億六四一三万四〇〇〇円とする等日商主張の内容で本件土地を買い受ける旨合意し、同月二九日榎本と契約書を作成し、同年九月二二日までに東京都知事から農地法五条による許可を得て、同年一〇月六日まで数回にわたり榎本に代金中八二〇〇万円を支払つたことはいずれも争いがない。

<証拠>をあわせれば、大橋は同年一二月中旬本件土地の一部が前記開発計画の結果中野区に道路敷地として買取られるべき予定地であることを知り、榎本と再交渉の結果、昭和四五年二月二日同区の買取予定地九四坪四合につき坪当り売買単価を二〇万円に値下げする等の合意をとげ、同月一六日榎本に残金全額八一七〇万六、〇〇〇円を支払つたことが認められる。

大橋が右同日榎本から本件土地につき所有権移転登記を経たことは争いがない。

四報酬債権の成否

(一)  調査説明義務不履行の有無

日商が本件仲立契約上その主張のような調査説明義務を負つていることは争いがなく、日商が都市計画法等による制限の有無等を調査説明しなかつたことは前述のとおりである。かりに日商主張のように日商が鈴木から右調査義務を免除する旨の通知を受けたとしても、鈴木が大橋の代理人又は表見代理人といえない以上、免除の効果が発生するものではないから、日商は右調査報告義務を履行しなかつたといえる。そして日商が調査すれば本件契約成立時までに前記のような開発計画に伴なう本件土地の一部の買取り等の事実が判明した筈であることも前記の事実関係から推認できる。

(二)  右不履行と大橋の買受

この場合果して大橋が本件土地を買受けたか否かを検討する。本件土地がこの開発計画により仲立契約に定める「閑静であつて環境のよい住宅地」に該当しなくなるか否かを問わず、大橋は本件土地を買受けると否との自由を有するのであつて、本件仲立契約によつても日商に対する関係で買受を義務づけられているとはいえない。そして<証拠>をあわせれば、大橋は右開発計画を知るや、本件土地売買契約の合意解約ついで転売に努力し、昭和四六年七月三一日中野区に前記道路敷地を一八二七万五五〇七円で売却した(中野区へ売却の事実は争いがない。)のち、同年九月六日千代田に残余の土地を代金一億五、二〇〇万円で転売したことが認められる。これらの事実から推せば、もし大橋が榎本との間で本件土地買受契約を締結する以前に前記開発計画を知れば、到底これを買受けなかつたであろうといえる。すなわち大橋は日商が前記調査義務を履行しなかつたために本件土地を買受けたもので、もしこれが履行されておれば本件土地を買受けなかつたのである。

(三)  報酬

このように仲立人の仲立契約不履行によつて、売買契約の成立を見た場合には、仲立人は仲立契約に定める報酬債権を取得できないと解せられるから、日商の右報酬請求は理由がない。

五損害賠償債権の成否

(一)  損害―認容さるべきもの

日商の調査説明義務不履行のため、大橋は本件土地を買受けたのであるから、日商はこれにより生じた損害を賠償しなければならない。

<証拠>を総合すれば、大橋は本件土地を買受けたため

1  昭和四五年二月九日、司法書士田口一雄に委任して本件土地につき所有権移転登記申請をなさしめ、これに要する登録免許税 八九万円

司法書士手数料 四八〇〇円

2  同年七月一六日、さきに小川義吉に委任して本件土地を農地から宅地に転用すべく農地法五条による許可申請手続をなさしめたところ、これに要する手続費用 二万五〇〇〇円

3  同日、さきに小川義吉に命じて本件土地のうち中野区に買取らるべき道路部分の測量をなさしめたところこれに要する費用 一万八一五〇円

4  同年八月三一日本件土地取得に伴う不動産取得税

一六二万一三八〇円

5  昭和四六年四月から昭和四七年二月二八日にかけて本件土地に賦課された固定資産税と都市計画税

二二万四二六〇円

6  大橋が中野区に道路敷地を売却するに当り作成した契約書に貼用した収入印紙 五〇〇〇円

7  合計 二七八万八五九〇円

を支払つたことが認められる。これらは日商の調査説明義務不履行に伴い大橋の受けた損害であつて、たとえこのうちに特別事情による損害を含むとしても右は宅地建物売買の仲立業者たる日商において当然に予見し又は予見できたというべきである。

(二)  損害―棄却さるべきもの

大橋はこのほかに榎本に支払つた代金相当額に対し支払時から、大橋が中野区ないし千代田に本件土地を売却してその代金を受領したときまでの年五分の割合による金員をも損害として請求する。大橋がその主張の時に榎本にその主張の代金を支払い、その後その主張の時に中野区等からその主張の代金を受領した場合でも、この間に右買受代金に対し年五分の割合による損害を当然に生ずるものとはいえない。民法四一九条は金銭債務の不履行の場合、債権者の証明責任を免除し、債務者の法定又は約定利率による損害賠償義務を法定したものにすぎず、本件のような場合には適用されない。さらに右買受代金相当額の支払から回収までの間、右支払ないし資金固定により具体的にいかなる損害が発生したかにつき主張はない。よつて大橋の右請求は理由がない。

(三)  利益

前記のとおり大橋は榎本から本件土地を一億六三七〇万六〇〇〇円で買受け、中野区と千代田とにこれを合計一億七〇二七万五五〇七円で売却したのであるから、これにより売却益六五六万九五〇七円を得たことは明らかである。

(四)  結論

大橋は本件土地買入により前記五(一)のような損害を受けたが五(三)のような利益も得ているので、これらを差引すれば結局損害ありとはいえない。よつてその損害賠償請求は理由がない。

六むすび

以上の理由により日商大橋の各請求を棄却し、民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。 (沖野威)

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